猪は存在している喜びとともに飢えの苦しみを知った。狩ったものが自分の動力になるのを知った喜びと獲物がいなくなる悲しさを知り、罪悪感を抱いた。猪には猿のように道具は使えないので、ロープという便利な道具は知らなかった。だから、いのししが自殺するには、高いところを探し飛び降りるか、或いは猪突猛進で激突するかいずれかの方法しか残されていなかった。
ある日、猪は自分の置かれている状況をもう見たくなくなったので、崖に向かうことにした。その途中で生い茂る草木を見て、いのししはかつて貪った対象の残像が浮かび、その使命が自分にも宿っているのだと自覚した。そこで、猪はわざと里山に出て村人の丹精こめて育てた畑の作物を食べれば村人が怒って銃を撃つだろうと考えたのだが、その自分を食べる上位の人間が生活に貧しくて自殺していた光景を思い出すと、その行動に出るのも躊躇した。
「それでは、いけない。死者を偲ぶ死に方を考えた時、人だけには食われてはならない。事故を起こして、寝転べば、虫が喰らってくれるだろう」
再び猪は崖に昇ろうとしたのだった。今度こそ、自分は死ぬのだと思うと猪はわくわくしたのだった。崖へ向かう途中のある晩、猪の夢に靄がかかり何かが語りかけてきた。
「あなたは良い終わり方を知っているが、死に向かうことであなたは生を楽しんでいる。わたしが与した箱庭であなたは楽しもうとしている。お願いです。あなたの楽しめるうちはわたしの庭でどうか遊んでください」
眠っている猪から涙が滲み、妙に馴れなかったもので猪は咳き込んだ。
「ブオッフォ」
その咳で猪の目が覚めた。辺りはまだ暗かった。猪は自分が涙を流していることに気づいた。その原因までを知ることはできなかったが、何か見えないものに抱き締められたような感触が残り、この現象は自分の弱さが招いたものだと捉えることにした。このことで猪は弱さと強さというものを知ったのだった。生存には打たれ弱いものと頑丈で反発する二種類が存在するのだとわかったのだった。
だが、わかったところで、自分が変わる気はなかったが、周囲の個々の内面性に基づきひとつひとつの生きる味わいは違うのだと考えると、猪は今まで自分が食べたもの、また自殺してしまった村人までその出会ってきたもの凡ての内面性を想像することにした。しかし、その想像をしていくうちに、その凡てが背負った痛みが猪に分け与えられ、猪は苦しんだ。
そして、その苦しみが一通り過ぎると、猪は怒りを覚えずにはいられなくなった。そしてこの向ける対象のない怒りは、夢に語りかけたものに向けることに猪は何の疑問を持たなかった。
「いったい、なぜこの庭など作ったのだ。なぜ、庭に生息するおのおのが光の力で動き生存できるようにしなかったのだ。なぜ、奪い合いさせるようにできてしまったのだ」
世界はなにかが作り上げたのだと猪はこの時、解釈した。だが、怒りが収まらなくても、あの語りかけたものが再び語りかけはしなかった。
いきり立っていた暗闇の猪にヒュッと物音が聞こえ、猪は咄嗟に動いた。数秒の差でその猪の寝床に矢が刺さった。猪はその矢に恐怖を覚え、この暗闇でなにかが自分を狙っているのがわかり、その場を走り遠くへ逃げることにした。
「なぜ、おれは逃げるのだろうか」
得体の知れぬものに喉元を掴まれる気がして、必死に猪は走ったのだった。生い茂る草を払いながら、数分後に猪の寝床に人間が現れた。この人間は獲物を取ることができず悲しんだ。その人間は憂鬱な気分で家へ帰った。
「ごめんな。今日もだめだった」
携えた弓矢を玄関の横に置き、男は嘆息をついた。
「ううん、また明日があるわよ」
男の帰りを待っていた妻は幼い子供を背負いながら、芋をゆでている最中だった。そうやって山里では生命の奪い合いが誰かの慰めとともに絶え間なく続いているのであった。
ある日、猪は自分の置かれている状況をもう見たくなくなったので、崖に向かうことにした。その途中で生い茂る草木を見て、いのししはかつて貪った対象の残像が浮かび、その使命が自分にも宿っているのだと自覚した。そこで、猪はわざと里山に出て村人の丹精こめて育てた畑の作物を食べれば村人が怒って銃を撃つだろうと考えたのだが、その自分を食べる上位の人間が生活に貧しくて自殺していた光景を思い出すと、その行動に出るのも躊躇した。
「それでは、いけない。死者を偲ぶ死に方を考えた時、人だけには食われてはならない。事故を起こして、寝転べば、虫が喰らってくれるだろう」
再び猪は崖に昇ろうとしたのだった。今度こそ、自分は死ぬのだと思うと猪はわくわくしたのだった。崖へ向かう途中のある晩、猪の夢に靄がかかり何かが語りかけてきた。
「あなたは良い終わり方を知っているが、死に向かうことであなたは生を楽しんでいる。わたしが与した箱庭であなたは楽しもうとしている。お願いです。あなたの楽しめるうちはわたしの庭でどうか遊んでください」
眠っている猪から涙が滲み、妙に馴れなかったもので猪は咳き込んだ。
「ブオッフォ」
その咳で猪の目が覚めた。辺りはまだ暗かった。猪は自分が涙を流していることに気づいた。その原因までを知ることはできなかったが、何か見えないものに抱き締められたような感触が残り、この現象は自分の弱さが招いたものだと捉えることにした。このことで猪は弱さと強さというものを知ったのだった。生存には打たれ弱いものと頑丈で反発する二種類が存在するのだとわかったのだった。
だが、わかったところで、自分が変わる気はなかったが、周囲の個々の内面性に基づきひとつひとつの生きる味わいは違うのだと考えると、猪は今まで自分が食べたもの、また自殺してしまった村人までその出会ってきたもの凡ての内面性を想像することにした。しかし、その想像をしていくうちに、その凡てが背負った痛みが猪に分け与えられ、猪は苦しんだ。
そして、その苦しみが一通り過ぎると、猪は怒りを覚えずにはいられなくなった。そしてこの向ける対象のない怒りは、夢に語りかけたものに向けることに猪は何の疑問を持たなかった。
「いったい、なぜこの庭など作ったのだ。なぜ、庭に生息するおのおのが光の力で動き生存できるようにしなかったのだ。なぜ、奪い合いさせるようにできてしまったのだ」
世界はなにかが作り上げたのだと猪はこの時、解釈した。だが、怒りが収まらなくても、あの語りかけたものが再び語りかけはしなかった。
いきり立っていた暗闇の猪にヒュッと物音が聞こえ、猪は咄嗟に動いた。数秒の差でその猪の寝床に矢が刺さった。猪はその矢に恐怖を覚え、この暗闇でなにかが自分を狙っているのがわかり、その場を走り遠くへ逃げることにした。
「なぜ、おれは逃げるのだろうか」
得体の知れぬものに喉元を掴まれる気がして、必死に猪は走ったのだった。生い茂る草を払いながら、数分後に猪の寝床に人間が現れた。この人間は獲物を取ることができず悲しんだ。その人間は憂鬱な気分で家へ帰った。
「ごめんな。今日もだめだった」
携えた弓矢を玄関の横に置き、男は嘆息をついた。
「ううん、また明日があるわよ」
男の帰りを待っていた妻は幼い子供を背負いながら、芋をゆでている最中だった。そうやって山里では生命の奪い合いが誰かの慰めとともに絶え間なく続いているのであった。