Hasu no saku tokoro
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掌編「drowning turtle 」

私なりの古典作品、浦島太郎になります。著作権期限は過ぎているようなので、こちらに載せておきます。結構自分でも気にいっているお話です。
それゆえ本に収録するのは止めておきます。
 海に溺れそうになったのに、目が覚めたら洞窟の中だった。辺りを見渡すと、人が釣りをしていた。
 「気がついたか」
 その人は釣りする水面を見ながら、私を気にしていた。
 「ここは」
 「死んではないよ、海の中にある洞窟ってわけだ」
 「あなたは」
 「ああ、おれはここで亀を釣っているんだ」
 「はあ、ここから出られるのですか」
 「ああ、出ようと思えば、そこの鉄のふたをどけて、また泳げばいい。体調が万全でないと、また溺れてしまうぞ」
 「あなたが助けたのですか」
 「まあ、そういうことだ。ボートが大破して力尽きたようだな。そりゃそうだ。あんな船に乗っては、この海は力強いから」
 「そうですか、ありがとうございます」
 「ああ」
 一度も、この人は私のほうを向かないで喋っていた。
 「あなたは亀など釣ってどうするのですか」
 「おまえこそ、この外に出てどうするんだ」
 「とりあえず、私は家に帰って、この旅を記録しようと思います」
 「へえ、それから」
 「以外はなにもありません、ただ書き続けて、人々に伝えるのです」
 「ああ、じゃあ俺と同じだな」
 「あなたと」
 「ああ、俺はここで亀を釣っている。だが、それは俺が償う故なのだ。あんたの行いも死ぬまで無限に生産し続けるんだ。おれと変わりない」
 「私があなたと変わりないって」
 「ああ」
 私はむっとした。
 「少なくとも、あなたと私の行いを比較しないでもらいたい。私にはあなたと違って、これから拡がり続ける使命があるのです。でも、あなたは、そこに座っているだけじゃないですか」
 「ああ、そうだ。俺はここでただ亀を釣っているんだ、だが一向に釣れる気配はない。これまで釣れた試しもない」
 「いったいそれの何が償いなのですか」
 「あんたは自分で少なくともあんたの一面性であんたを認めている。でも、その代償にあんたは奪っているものを知らない。無限につくられるものに打ち止めされる数は決まっている。要はその水準まで上げなくてはいけない。しかし、あんたは正気のつもりだ。俺は亀を釣っている。これが、どうして償いだってか、単に俺が決めたからだ」
 「あなたの話は筋が通っていない」
 「あんたはあんたの経験による理解で言葉の意味を理解しようとする。だから本質まで通らない。ただ、一つの事実は、時間が過ぎ去っていくことと我々は死滅することだ」
 「いったい、それがあんたの何に繋がるという」
 「まあ、実は俺は昔、亀だった。」
 「あなたが」
 「だからその経験からあんたを助けることができたとも言える」
 「だからよくわからないのですよ、あなたの言っていることが」
 「おとぎ話を知っているか」
 「有名なのなら」
 「じゃあ、それを想像しろ。俺は亀であったころ人の貴重な時間を奪い取ってしまった。時の流れは同じように流れるはずだ。でも、光の速度から移動する時間がずれてくるように、亀たちの過ごす時間と人が過ごす時間は異なった。たんに俺は恩返しの刺客として連れてきただけなんだけどな」
 「・・・あ。それって竜宮城の」
 釣りしながら、その人は首を縦にふった。
 「開けてみたら、恩人の知っている人は誰もいない。恩人は、己の老いた姿を恨むどころか親に知人に孝行できなかったことを悔しくて悲しくて、泣いたらしい。それに設定どおり、恩人はもう老人になってしまって、それから10年経たないうちに逝ってしまった」
 「あなたはその亀だったのですか」
 「そうして俺にも後悔がどっぷりと垂れこんできた。どうしようもない、人の人生を大きく狂わしてしまったのだから、俺は俺で、恩人の未来の喜びを奪い取ってしまったんだ。だから、俺は迷い悩んだ。では、恩人の代わりに俺が人としての生活を生きてみよう。そう思った。それで海王様に頼んだ。海王様はその望みを叶えてくれたよ。俺はこうして人になれた。だが同時に、別の苦しみがやってきた」
 「壮絶な人生、というか生き方ですね」
 「俺は人になって人の輪に入ったがいいものの、大人の風貌で入って、人の文化を知らないものだからほとんど異端に扱われ、俺は一人でいなくてはならなかった。そいつは、恩人が感じたどうしようもない悲しさと同じかもしれない。それでも、恩人は人のまま一生を終えた。立派だと思う」
 「・・・」
 「でも、俺は償いと言えたら良いものの、やはり人の姿になるには無理があった。だから、また海王様に頼んだ。すると、海王様は条件を出したんだ。『贖罪に決めたものを投げ出すとはおまえはとても賤しい奴である。それならば、お前のはらからを食すことができたら、私はその呪いをもって、おまえの毒を変えてやろう』ってな。だから、俺は亀を釣ろうとしている。でも、そんなこと、俺にできるのだろうか、そう考えると、俺は亀を釣っているとはいったものの、実際にはここで人の時間を持て余しているんだ。人であるのに実体は亀だから、俺の命の長さは人よりも長い。恩人のようには死ねないんだよ」
 「そうだったのですか。それは知らないことを聞いてすみませんでした」
 私は、この人の話に触れてしまったのを恥ずかしく感じた。聞かない方がよかったのではないか、口火を切らせたのは私だと思ったのだった。
 「そんななか、あんたが溺れてきた。中々、接することのなかった人がな。逃げているのに何があるかわかんねえな」
 「・・・私が思うに、あなたがこうやって悩んでしまったのもあなたはただ貧乏くじを引いただけなんだと思います」
 「へえ、俺がか」
 「はい。私の記憶によりますが、あなたは助けてもらったお礼に、いいことをした。でも、最終的には、あなたの恩人に痛い目を見てしまった。この話は、別に人が怠けた故の制裁ではなく、ただ人と人ならぬものが相触れてしまった結果だと感じられるのです。ですが、そんな引き合いの回避など無理です。人は、その好奇心ゆえに色々なものに手を出すのですから、そう考えると、あなたはただ人に助けてもらった亀であった、それというのは富くじの確率のようなものです。あなたはそんな悩みをこうむる必要はなかった。私にはあなたは運が悪かったとただ、そう思います」
 「ああ。・・・そうか。なるほどな、俺は運が悪かったのか、そして更に同類の亀を殺してまで亀に成る道を戻ろうとしている。これはマイナスの連鎖だな」
 私にはある考えが閃いたのだった。
 「そしたら、こうしましょう。あなたはもう一度、人として生きるのです。差支えなければ、私の村に来てください。そうやって、苦しんできたあなたですから、歓迎します。私の村も貧しくて、働き手を探していました。あなたの泳法を私の村のために尽くしてください」
 「なに」
 その人は水面から初めて私を見たのだった。
 「俺があんたのところへ行っていいのか」
 「これは何かの縁ですよ。あなたは私よりも長生きするのだと思います。あなたがその喪失に苛まれてしまうのなら、私は無理には呼びません。それでも、私はここを出るつもりです。あなたで決めてください」
 「おい、俺は恩人を苦しめてしまったのだぞ」
 「ですから、きっとあなたが人と相いれなかったゆえも、それが原因でしょう。それを解決するには、外からの助力が必要なのです。そんな昔のこと、私たちの誰も気にしませんよ。私があなたを人の元へ導きます。あなたも慣れてくるでしょう」
 「なんてことだ。俺はこうして時間を停滞させていたのに、こうやって変化の兆しが来るとは」
 「人の命は虫よりは長くても、あなたよりは遥かに短いです。そして、人の生きているなかには、変化の連続が欠かせません。さあ、行きましょう」
 そうして、私は鉄のふたをあけて、海中にまた潜っていった。私はどこだかわからないところから、陸まで泳いでいける自信はなかった。ただ、あったのはそこに辿りつきたい意思だけであった。思いは現実の力を前にして、色々削がれていく。
 私は、また溺れてしまった。その時、意識がなくなりかけた私の腕を誰かが引っ張った。
その人の顔は一心不乱であった。
 気がつくと、私は海に入る前の岸辺で意識を戻した。そこにあの人が立って私を見下ろしていた。
 「あんた、俺がいないと死んでいたぞ」
 「ええ、ですから、あなたは私を助けてくれましたね、私の恩人です、どうぞ、私の村に行きましょう。しかし、よく私の村がわかりましたね」
 「そうではない、あんたの村は俺が知っていた村だっただけだ。これは縁なのだろうな、あんたに世話になるよ」
 「まだ、あなたの名前を聞いていないです」
 「俺か。名前なんて亀の頃にはなかったけど」
 「亀一と名付けてもいいですか。人の輪には名前が大事なんですよ」
 「亀一か。それで構わない。さあ、あんたも立ちな」
 そう言って、私を起こしてくれた。
 「有難う。私の名前は久蔵です。阿部隈 久蔵です。亀一さんも字をつけないといけないですね」
 「なんだ、それは」
 「おいおい話しますよ、さあ行きましょう」
 「あ、ああ」
 私は亀一さんを村へと案内したのだった。
 

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