ある夜、月は霞み、影も薄れて曖昧になったそんな夜、二つの動物が川の中流で落ち合うことにした。一つは狼のウルフ。ウルフは狼の群れから見つからないように寝静まる時にそろそろと川へと向かう。二つは大亀のトータル。トータルは、以前は海の中で漂って生活していたのだが、ある時を境に川へ行くようになってからウルフに会い、この出会いを繰り返していた。特にトータルにとって、ウルフに会うのを隠す必要はない。トータルにとって産まれた頃より親はどこにもいなく、生まれた時に入っていた殻から温かみを感じていたのが、誰かに大切にされたようにトータルは思えていた。生きていく中で折角別の亀に出逢っても、天敵に出会い食べられてしまうこともあった。快適な場所を探し海を漂って、とにかく彷徨った先に辿りついた島に同じ亀もいた。しかしながら、そこでの生活はひどく快適で島に出逢う亀の話を聞くと、それがあまりにも楽しく聞こえた。初めのうちはトータルもここはすばらしい所だと思った。だが、その内、楽しく見えた生活が、何の不安も拭い去っていた生活のようにトータルは見えた。トータルは、ここに恐ろしい怪物が一つでも現れたら、この亀達は抵抗しようとしてもその術を知らず、食われてしまうのではないかと思った。だがそんな心配はない。なぜなら自然の恩恵を授かり、天然の防壁に囲まれたその島は、永遠に快適なままだと思ったからだ。
そして、トータルはこの島を出ることにした。不安のない様な生活などおもしろくないと思った。既にトータルは己を食われることになにも躊躇っていなかった。トータルはまた海を泳いで、自分の生まれた場所へと帰った。そこで天寿を全うしようと決めたのだ。オスであるトータルには自分で亀を殖やすことはできない。仕方なく、産まれた浜辺で体を休めるだけが日常であった。
そんなトータルがウルフに初めて会ったのも夜のことだ。トータルは今まであまり体を動かさなかったので甲羅の重みを苦しく感じ、これでは駄目だと泳ぐことにした。でも、ただ泳ぐのはつまらないから川で泳ごうと決めた。だが、川で泳ぐのは普通のことではない。海水から汽水・淡水に移るにつれトータルは段々と塩気に包まれていたのがはだけていくので、息苦しくなった。一度苦しくなったら、その日は泳ぐのを止めて眠り、また調子が戻ったら泳ぎ川を遡ることに挑戦した。そうして次第にトータルの皮膚も真水に適応して、積み重ねるにつれて川の中で泳ぐことができた。ウルフに会った夜はやっと川を遡れるようになった夜だった。
では、ウルフはどうして川に行ったのであろうか。群れで暮らす狼は体を休める時でも群れの中で、ウルフもその例外ではない。ウルフは群れのリーダーではないが、リーダーの命令に従い、獲物を狩り、天敵から群れを守る忠実なオスの狼であった。この若い狼は群れの中にいても、子作りには中々の奥手で自分からアプローチすることをしていなかった。群れであるからオスの狼は他にもいて、メスの狼も幅広く選り好みができて、わざわざ離れつつあるウルフを選ぶこともなかった。メスに離れれば離れるほど、ウルフにとってメスの狼にどう接していいのかわからなくなったが、狼の子供にたいしては群れの中でも秀でて世話をしていた。事実、子供も自分達の親と同じくらいウルフを好きでいた。だけど、少しだけウルフは群れの中で眠ると近くにいる他の狼が非常に遠く感じることがあった。だから、たまにウルフは群れの中から一匹歩き彷徨い近くの川で気分を落ち着かせるようになった。川で水が流れる音はウルフの耳から入り、ウルフを安らかにした。幾度目かの彷徨いの中、ウルフは川で大亀を見た。トータルであった。
初めて遭遇した時、お互いはお互いを奇妙な姿だと思った。しかし不思議と敵対心はなかった。ウルフにとって見れば、水の流れがバチャバチャと響きを鈍くして何かと思って見たらトータルがいた。トータルから見れば、辺りを見渡すと林の中から獣に似たようなものが活気がなく現れたので、それに興味を示し、川を強く泳ぐことにした。気づかせたかった。目を合わせてお互いにお互いが敵ではないとその時間で認識したので、それぞれに近寄ることにした。トータルは川をよじ登りウルフのいる岸へ寄った。ウルフは大亀が自分の方を近寄ってくるのがわかり、頭を水際まで近寄らせた。
トータルは挨拶をした。
「こんばんは。君は誰ですか?」
ウルフは返した。
「こんばんは。俺は狼のウルフです。そちらは?」
トータルも返した。
「私は亀のトータルです。」
お互いに自分の生活環境にその存在を見たことはないものをその種族の名前は知っていた。自然の噂の中で世界は伝わり合うものなのだろう。お互いに言った。
「あなたが(君が)亀(狼)ですか。(なのか。)」
それぞれに互いが今、どうしてここにいるのかを説明した。トータルにとっては久々の話相手だ。気持ちは弾み、自分がここにいるまでの経歴を長々と話した。ウルフにとってその話は実に新鮮であった。話を聞くなかで、この大きな亀が自分の居場所を探し求めていることがわかり、それが共感から好感へ移った。緩みに緩んだ緊張からウルフの表情は顕著に見られた。トータルの苦労に悲しみ、トータルが楽しそうにドラマを語るのに嬉しくなった。 トータルにとっても同様で、ウルフが話を聞いてくれるから益々話し方もダイナミックになった。ウルフが悲しんでくれるのを見て、自分のために泣いてくれているのかと喜びが胸の内から込み上げてきた。ウルフが話したことはその日にどうしてウルフが川に来たかということだけであったが、経験の多いトータルにとっては話しの内容とその仕草からウルフがどういう生き方をしていたのか粗方推測できたので、それで十分だった。そして、二匹はこの出会いに感謝し、ウルフが群れを抜けられる時間を考慮し、月の光が薄くなる時に会うことにしたのだ。
時が経ち、ウルフとトータルが出会ってから、不思議な事に二匹の状況は好転した。トータルがウルフの短い話を逸らさず聞いてくれたので、ウルフは無意識にも自信が湧いて、ひょんなことで自分の子種を宿せることもできた。一方のトータルは自分の話を聞いてくれる者がいたおかげで甲羅の重みも軽く感じ、意気揚々と海を泳ぎそこでメスの亀に出会い、一緒に暮らすようになった。トータルの妻になった亀は名前をツルと言い、トータルからウルフの話を聞くと、自分もそこへ行きたくなり、川へ泳ぐ訓練をした。ウルフの奥さんと子供は、それぞれシロ・ウルフォン・ウルファンといい3匹もウルフの話からそのトータルに会いたくなった。
だから、ウルフ親子は月の光の弱い夜には川へ向かい、トータルを待った。でも、トータルはしばらく、現れなかった。トータルは妻のツルの訓練に付きっきりだった。でも、ツルは夫と違い、中々淡水域に入るのに苦労した。すぐに息苦しくなるので、海辺へと戻らなければならなくなった。ツルは諦めなかったが、気力に比べて皮膚は弱まっていた。これはもう駄目だと思ったトータルは久しぶりに、一匹川を泳ぎ遡った。その先に、ウルフは奥さんと子供を連れて待っていた。ウルフは、トータルに久しぶりに会い、嬉しかった。トータルにとっても、久しぶりに会うウルフは嬉しかったし、そのウルフに子供や奥さんができたことも嬉しかった。二匹は再会を喜んだ。そして、トータルは自分に妻ができたこと、ここに来れないことを話した。 この時初めて、トータルは自分の言うことを躊躇った。だから、トータルは 「もうここには来ない。」 と言った。 ウルフもその時は了解したつもりだった。だが別れてから、群れのことよりもこの大亀のことに思い馳せる一日が多くなった。ウルフはシロとリーダーに話し、家族で川を降りることにした。勿論、それを決めるのは容易ではなかった。群れの中で生きる者が群れから離れることはどういうことか今までなかったからだ。ウルフにとって、体は群れの中にいたのだ。群れの領域には近づかないことを条件に、ウルフ親子は群れを離れた。トータルは弱っていたツルを元気にしようと海の中で暮らしていた。でも、月の光が弱い夜になると、どうしても陸に上がって、川の方を見ていた。ある日の、丁度そんな夜、物憂げに見つめるその先に、トータルはウルフ親子の姿を見た。ウルフ達はトータル達とまた再会し、そのことを喜んだ。ウルファンもウルフォンも群れにいるより、この得たいの知れない大亀に会うことを望み、選んでくれた。何より、自分の躊躇ったことを代わりに実現してくれたウルフのことがトータルには飛切り嬉しかった。
それから、ウルフ親子とトータル達は共に近くで暮らすことになった。トータルとツルの間にも卵ができて、ウルフはそれを喜んだ。しかしながら、亀が産み落とす子供の多さにウルフは目を疑い、トータルから聞く亀の子供の試練に動揺を隠せないが了解をして、身を隠すことにした。 亀の子は孵化すると、海へと泳いで散り散りになった。そして、親の元へは戻らなかった。トータルとツルにとって願うのは「子供が自立して幸せを築くこと」それ一つであった。二匹はウルフ親子のために食べ物の調達に時間を要した。ウルフ達は魚を食べられるようになった。今はまだ、ウルファンもウルフォンも幼く、離れることをしなかったので、6匹は一緒に生きていた。
そして、トータルはこの島を出ることにした。不安のない様な生活などおもしろくないと思った。既にトータルは己を食われることになにも躊躇っていなかった。トータルはまた海を泳いで、自分の生まれた場所へと帰った。そこで天寿を全うしようと決めたのだ。オスであるトータルには自分で亀を殖やすことはできない。仕方なく、産まれた浜辺で体を休めるだけが日常であった。
そんなトータルがウルフに初めて会ったのも夜のことだ。トータルは今まであまり体を動かさなかったので甲羅の重みを苦しく感じ、これでは駄目だと泳ぐことにした。でも、ただ泳ぐのはつまらないから川で泳ごうと決めた。だが、川で泳ぐのは普通のことではない。海水から汽水・淡水に移るにつれトータルは段々と塩気に包まれていたのがはだけていくので、息苦しくなった。一度苦しくなったら、その日は泳ぐのを止めて眠り、また調子が戻ったら泳ぎ川を遡ることに挑戦した。そうして次第にトータルの皮膚も真水に適応して、積み重ねるにつれて川の中で泳ぐことができた。ウルフに会った夜はやっと川を遡れるようになった夜だった。
では、ウルフはどうして川に行ったのであろうか。群れで暮らす狼は体を休める時でも群れの中で、ウルフもその例外ではない。ウルフは群れのリーダーではないが、リーダーの命令に従い、獲物を狩り、天敵から群れを守る忠実なオスの狼であった。この若い狼は群れの中にいても、子作りには中々の奥手で自分からアプローチすることをしていなかった。群れであるからオスの狼は他にもいて、メスの狼も幅広く選り好みができて、わざわざ離れつつあるウルフを選ぶこともなかった。メスに離れれば離れるほど、ウルフにとってメスの狼にどう接していいのかわからなくなったが、狼の子供にたいしては群れの中でも秀でて世話をしていた。事実、子供も自分達の親と同じくらいウルフを好きでいた。だけど、少しだけウルフは群れの中で眠ると近くにいる他の狼が非常に遠く感じることがあった。だから、たまにウルフは群れの中から一匹歩き彷徨い近くの川で気分を落ち着かせるようになった。川で水が流れる音はウルフの耳から入り、ウルフを安らかにした。幾度目かの彷徨いの中、ウルフは川で大亀を見た。トータルであった。
初めて遭遇した時、お互いはお互いを奇妙な姿だと思った。しかし不思議と敵対心はなかった。ウルフにとって見れば、水の流れがバチャバチャと響きを鈍くして何かと思って見たらトータルがいた。トータルから見れば、辺りを見渡すと林の中から獣に似たようなものが活気がなく現れたので、それに興味を示し、川を強く泳ぐことにした。気づかせたかった。目を合わせてお互いにお互いが敵ではないとその時間で認識したので、それぞれに近寄ることにした。トータルは川をよじ登りウルフのいる岸へ寄った。ウルフは大亀が自分の方を近寄ってくるのがわかり、頭を水際まで近寄らせた。
トータルは挨拶をした。
「こんばんは。君は誰ですか?」
ウルフは返した。
「こんばんは。俺は狼のウルフです。そちらは?」
トータルも返した。
「私は亀のトータルです。」
お互いに自分の生活環境にその存在を見たことはないものをその種族の名前は知っていた。自然の噂の中で世界は伝わり合うものなのだろう。お互いに言った。
「あなたが(君が)亀(狼)ですか。(なのか。)」
それぞれに互いが今、どうしてここにいるのかを説明した。トータルにとっては久々の話相手だ。気持ちは弾み、自分がここにいるまでの経歴を長々と話した。ウルフにとってその話は実に新鮮であった。話を聞くなかで、この大きな亀が自分の居場所を探し求めていることがわかり、それが共感から好感へ移った。緩みに緩んだ緊張からウルフの表情は顕著に見られた。トータルの苦労に悲しみ、トータルが楽しそうにドラマを語るのに嬉しくなった。 トータルにとっても同様で、ウルフが話を聞いてくれるから益々話し方もダイナミックになった。ウルフが悲しんでくれるのを見て、自分のために泣いてくれているのかと喜びが胸の内から込み上げてきた。ウルフが話したことはその日にどうしてウルフが川に来たかということだけであったが、経験の多いトータルにとっては話しの内容とその仕草からウルフがどういう生き方をしていたのか粗方推測できたので、それで十分だった。そして、二匹はこの出会いに感謝し、ウルフが群れを抜けられる時間を考慮し、月の光が薄くなる時に会うことにしたのだ。
時が経ち、ウルフとトータルが出会ってから、不思議な事に二匹の状況は好転した。トータルがウルフの短い話を逸らさず聞いてくれたので、ウルフは無意識にも自信が湧いて、ひょんなことで自分の子種を宿せることもできた。一方のトータルは自分の話を聞いてくれる者がいたおかげで甲羅の重みも軽く感じ、意気揚々と海を泳ぎそこでメスの亀に出会い、一緒に暮らすようになった。トータルの妻になった亀は名前をツルと言い、トータルからウルフの話を聞くと、自分もそこへ行きたくなり、川へ泳ぐ訓練をした。ウルフの奥さんと子供は、それぞれシロ・ウルフォン・ウルファンといい3匹もウルフの話からそのトータルに会いたくなった。
だから、ウルフ親子は月の光の弱い夜には川へ向かい、トータルを待った。でも、トータルはしばらく、現れなかった。トータルは妻のツルの訓練に付きっきりだった。でも、ツルは夫と違い、中々淡水域に入るのに苦労した。すぐに息苦しくなるので、海辺へと戻らなければならなくなった。ツルは諦めなかったが、気力に比べて皮膚は弱まっていた。これはもう駄目だと思ったトータルは久しぶりに、一匹川を泳ぎ遡った。その先に、ウルフは奥さんと子供を連れて待っていた。ウルフは、トータルに久しぶりに会い、嬉しかった。トータルにとっても、久しぶりに会うウルフは嬉しかったし、そのウルフに子供や奥さんができたことも嬉しかった。二匹は再会を喜んだ。そして、トータルは自分に妻ができたこと、ここに来れないことを話した。 この時初めて、トータルは自分の言うことを躊躇った。だから、トータルは 「もうここには来ない。」 と言った。 ウルフもその時は了解したつもりだった。だが別れてから、群れのことよりもこの大亀のことに思い馳せる一日が多くなった。ウルフはシロとリーダーに話し、家族で川を降りることにした。勿論、それを決めるのは容易ではなかった。群れの中で生きる者が群れから離れることはどういうことか今までなかったからだ。ウルフにとって、体は群れの中にいたのだ。群れの領域には近づかないことを条件に、ウルフ親子は群れを離れた。トータルは弱っていたツルを元気にしようと海の中で暮らしていた。でも、月の光が弱い夜になると、どうしても陸に上がって、川の方を見ていた。ある日の、丁度そんな夜、物憂げに見つめるその先に、トータルはウルフ親子の姿を見た。ウルフ達はトータル達とまた再会し、そのことを喜んだ。ウルファンもウルフォンも群れにいるより、この得たいの知れない大亀に会うことを望み、選んでくれた。何より、自分の躊躇ったことを代わりに実現してくれたウルフのことがトータルには飛切り嬉しかった。
それから、ウルフ親子とトータル達は共に近くで暮らすことになった。トータルとツルの間にも卵ができて、ウルフはそれを喜んだ。しかしながら、亀が産み落とす子供の多さにウルフは目を疑い、トータルから聞く亀の子供の試練に動揺を隠せないが了解をして、身を隠すことにした。 亀の子は孵化すると、海へと泳いで散り散りになった。そして、親の元へは戻らなかった。トータルとツルにとって願うのは「子供が自立して幸せを築くこと」それ一つであった。二匹はウルフ親子のために食べ物の調達に時間を要した。ウルフ達は魚を食べられるようになった。今はまだ、ウルファンもウルフォンも幼く、離れることをしなかったので、6匹は一緒に生きていた。