近所の公園で春の息吹のもとに桜が咲き乱れている。それを見ようと観光客が群がり、我が家もその中に紛れていた。
「お父さんと健一はこの辺でビニルシート敷いて待っていて。私は近くのお店で飲み物買って来るから」
「ん、わかった」
「待ってるね」
健一と父は樹の下でシートを敷いて自分達の場所の確保に努めた。姉と妹は母についてゆき荷物持ちを手伝っていた。
「お父さん、どうしてみんな花を見に来るのかな」
「さあね、花が今しか咲かないからかな」
「じゃあ、ずっと咲いてたらこんなに人は来ないの」
「だろうね」
「そう」
「お母さん、早く起きてお弁当作ったの知ってたか」
「ううん、寝てたからわかんなかった」
「俺も知らなかった」
そう話している内に母達が戻って来て、姉と妹が合わせて人数分のペットボトルを抱えていた。
「さあ、食べましょう」
そう言ってペットボトルのお茶を皆に配り、手提げから外出用に使う取り皿を配って、また弁当箱を取り出した。
「わあ、すごい。沢山ある、これ全部お母さんが作ったの」
「そうよ」
「ほんと、すごいな」
「ありがとう」
「これ、このウサギさん、私食べていい」
「いいわよ」
「ずるい、お姉ちゃん、私も食べたい」
「ふんだ、早い者勝ちよ、世の中は」
「こらこら」
姉妹で取り合いしていたのは、ウサギに似せた林檎だった。まだ、お握りも食べていないというのに子供達は自分の林檎を取られないようにお皿に取り置きしていた。
「母さん、食べていい」
「どうぞ」
健一は先に、お握りを取り出して口にほおばった。食感とは別に公園の桜の香りと風が透き通り、とても素敵なひと時を実感していた。
「今日は一日雨降らないんだっけか」
「そうみたいね、ここのところ天気も不安定で早く散ってしまうか不安だったけれどよかったわね」
「お父さん、この卵焼きおいしいよ」
「じゃあいただこうかな」
「このあとはどうしましょうか」
父は卵焼きをフォークで突き刺しながら答えた。
「そうだな、別にどこに行くあてもないし、俺は帰ろうと思っていたが」
「ええ!もう帰るの」
「いや、まだ帰んないよ、ご飯食べ終わったら広場で遊ぼうか。運動も大事だからな」
「なにするの、また野球をするの」
「うん、それも持ってきたし、サッカーボールもあるよ」
「じゃあ、サッカーしようよ。お父さんが鬼で、僕達がボールを取られないようにパスで回すの」
「いいね、楽しそう」
「私もやるの」
「そうだよ、全員参加が鉄則だろう」
「でも私、サッカーはそんな好きじゃない」
「じゃあ、美子は始めだけやってみて、つまらなかったら途中で抜けて母さんと見てればいいよ」
「うん、わかった。そうする」
「まだ、時間はいっぱいあるからゆっくり食べなさい」
「はーい」
途端に光が眩しくなり、目を開けるとどうやら樹の下で眠っていたようだった。随分、昔の頃の思い出をみたものだ。俺はなぜ、ここで眠ったのかよく覚えていないが、確かにあの時と同じように桜が咲いたから俺もまた紛れて来たのだ。ただ、あの頃と違ってもう親も姉妹もここにはいない。俺だけ取り残されてしまった。どうして海外に数カ月出張している間に、皆一緒くたにいなくなってしまったのだろう、いや、俺を抜かして家族旅行に行ってその際、事故に当たったっていう原因はわかっている。俺はその場にいるべきだったのか、だがどうやって。俺はその時、託されていたことで必死だった。だから、もう俺の家族は不運だったとそれだけしか言うことができない。そんなことは普通、俺にはこの際起こりえない、数千、数十万分の一の確率だろう。なら、それほどの小さな確率がなぜ、家族に降りかかったのか、わからない。犠牲か、誰でもよかったのか。この星を運行するにおいて、生が芽生えたら、他の生を死に追いやらなければならない、そんな人の抽出なんざ星が選ぶわけがあるか、個人のことなど、星には不都合だ。しかし、俺はその個人達によって初め世界を貰ったんだ。その特別な世界がこうも簡単に消えてゆくのか、だが俺はたとえ一人ぼっちだとしても、死ぬことはしない。そう誓っておけば、俺は死を選択する時に躊躇できるだろう、なにも、その傷や無力感を癒すことはできないが、幸い、その俺にはまだやることがあって、だから必要とされる限りは生きられる。だが、それがお払い箱となったら・・いや、大分、先の話だ。考えるのは止そう。どうも昔のことを思い出しちまうから、感傷的になってしまう。俺はまだやっていけるのだ。だが、なぜそう言い聞かせている。そうでないとやってられないのだからか。
健一が桜を突っ立って見上げていた時である。割合、健一は長身だったために邪魔に思われた。
「おい、兄さん、そこで立ってるとこっちが見えねえからさ、どいてくんねえ」
「あ、はい。すみません」
「ったく、周りの人達のことを考えなよ、俺達に言われんでもさあ」
「まあまあ」
どこかの会社員の男達なのか、酒が入ってたがために、口数は減らなかった。健一はこちらの事情がわからない人達に、他の人達のことを考えない輩と同一視されたことに不快に思った。この人達は、俺とは違う平凡な人達なんだろう、だがなにも言い訳をする気も起きない。面倒だ、受け答えなど。
健一は花見のスペースから外れて、広場には通らず、来た道を引き返して、家へと歩き出した。歩いている間、健一の不快な感じは晴れなかった。ああ、俺は怒りたい、だが、何に。よくわからない。いらいらしているのを整理するなんて、ただ溜め込むだけだ。俺は追い出された独り者だ。もしも、これで俺が明日、誰とも会わないとしたら、俺はもしかして間違った方向へ狂ってしまうのかもしれない、そんな気がする。社会は忙しないだけでもないし、辛いだけでもない、俺みたいな孤独なものにそっと役目を与えてくれて、和ませてくれる。何も求めはしない、俺は芸術家のように孤独をずっと自分だけの幸福として受け止めることなど堪え難い。自由は俺にとっては拷問でしかない。それに芸術家だって、はたして俺と同じ境遇だったら、自由への価値観も変わるだろう。それだけ、環境が異なれば考え方が違う。確かにはっきりしているのは、幾ら辛い目にあっても、それを負うのは自分だけで、他の人は知らないということ、そして、家族の死というものは、まるで刑罰のように重くのしかかるということだけだ。ああ、俺は自分の苦しみがわかる人と触れ合ってみたい。できればその人を愛することができればいい、きっと俺の苦しみを分け合ってくれるのだろう、そうすれば新しく俺には家族ができるかもしれない、生きている限り不快なことは起こる。だけど、俺は誓っている、そのような環境で息をすることから俺は避けない、その事実的な苦しみは俺に課されたというよりも体験したものにとって共通する居心地の悪さだ。拒みはしない、桜が受け入れるように、それがこの星と繋がっていくことなのだから。しかし、また人を愛せたらどんなにいいだろうか・・
それから、健一はその先を考えることは止めて、小腹が空いたので、たまたま歩いている先にラーメン屋があり、そこで昼ごはんを取ることにした。
「お父さんと健一はこの辺でビニルシート敷いて待っていて。私は近くのお店で飲み物買って来るから」
「ん、わかった」
「待ってるね」
健一と父は樹の下でシートを敷いて自分達の場所の確保に努めた。姉と妹は母についてゆき荷物持ちを手伝っていた。
「お父さん、どうしてみんな花を見に来るのかな」
「さあね、花が今しか咲かないからかな」
「じゃあ、ずっと咲いてたらこんなに人は来ないの」
「だろうね」
「そう」
「お母さん、早く起きてお弁当作ったの知ってたか」
「ううん、寝てたからわかんなかった」
「俺も知らなかった」
そう話している内に母達が戻って来て、姉と妹が合わせて人数分のペットボトルを抱えていた。
「さあ、食べましょう」
そう言ってペットボトルのお茶を皆に配り、手提げから外出用に使う取り皿を配って、また弁当箱を取り出した。
「わあ、すごい。沢山ある、これ全部お母さんが作ったの」
「そうよ」
「ほんと、すごいな」
「ありがとう」
「これ、このウサギさん、私食べていい」
「いいわよ」
「ずるい、お姉ちゃん、私も食べたい」
「ふんだ、早い者勝ちよ、世の中は」
「こらこら」
姉妹で取り合いしていたのは、ウサギに似せた林檎だった。まだ、お握りも食べていないというのに子供達は自分の林檎を取られないようにお皿に取り置きしていた。
「母さん、食べていい」
「どうぞ」
健一は先に、お握りを取り出して口にほおばった。食感とは別に公園の桜の香りと風が透き通り、とても素敵なひと時を実感していた。
「今日は一日雨降らないんだっけか」
「そうみたいね、ここのところ天気も不安定で早く散ってしまうか不安だったけれどよかったわね」
「お父さん、この卵焼きおいしいよ」
「じゃあいただこうかな」
「このあとはどうしましょうか」
父は卵焼きをフォークで突き刺しながら答えた。
「そうだな、別にどこに行くあてもないし、俺は帰ろうと思っていたが」
「ええ!もう帰るの」
「いや、まだ帰んないよ、ご飯食べ終わったら広場で遊ぼうか。運動も大事だからな」
「なにするの、また野球をするの」
「うん、それも持ってきたし、サッカーボールもあるよ」
「じゃあ、サッカーしようよ。お父さんが鬼で、僕達がボールを取られないようにパスで回すの」
「いいね、楽しそう」
「私もやるの」
「そうだよ、全員参加が鉄則だろう」
「でも私、サッカーはそんな好きじゃない」
「じゃあ、美子は始めだけやってみて、つまらなかったら途中で抜けて母さんと見てればいいよ」
「うん、わかった。そうする」
「まだ、時間はいっぱいあるからゆっくり食べなさい」
「はーい」
途端に光が眩しくなり、目を開けるとどうやら樹の下で眠っていたようだった。随分、昔の頃の思い出をみたものだ。俺はなぜ、ここで眠ったのかよく覚えていないが、確かにあの時と同じように桜が咲いたから俺もまた紛れて来たのだ。ただ、あの頃と違ってもう親も姉妹もここにはいない。俺だけ取り残されてしまった。どうして海外に数カ月出張している間に、皆一緒くたにいなくなってしまったのだろう、いや、俺を抜かして家族旅行に行ってその際、事故に当たったっていう原因はわかっている。俺はその場にいるべきだったのか、だがどうやって。俺はその時、託されていたことで必死だった。だから、もう俺の家族は不運だったとそれだけしか言うことができない。そんなことは普通、俺にはこの際起こりえない、数千、数十万分の一の確率だろう。なら、それほどの小さな確率がなぜ、家族に降りかかったのか、わからない。犠牲か、誰でもよかったのか。この星を運行するにおいて、生が芽生えたら、他の生を死に追いやらなければならない、そんな人の抽出なんざ星が選ぶわけがあるか、個人のことなど、星には不都合だ。しかし、俺はその個人達によって初め世界を貰ったんだ。その特別な世界がこうも簡単に消えてゆくのか、だが俺はたとえ一人ぼっちだとしても、死ぬことはしない。そう誓っておけば、俺は死を選択する時に躊躇できるだろう、なにも、その傷や無力感を癒すことはできないが、幸い、その俺にはまだやることがあって、だから必要とされる限りは生きられる。だが、それがお払い箱となったら・・いや、大分、先の話だ。考えるのは止そう。どうも昔のことを思い出しちまうから、感傷的になってしまう。俺はまだやっていけるのだ。だが、なぜそう言い聞かせている。そうでないとやってられないのだからか。
健一が桜を突っ立って見上げていた時である。割合、健一は長身だったために邪魔に思われた。
「おい、兄さん、そこで立ってるとこっちが見えねえからさ、どいてくんねえ」
「あ、はい。すみません」
「ったく、周りの人達のことを考えなよ、俺達に言われんでもさあ」
「まあまあ」
どこかの会社員の男達なのか、酒が入ってたがために、口数は減らなかった。健一はこちらの事情がわからない人達に、他の人達のことを考えない輩と同一視されたことに不快に思った。この人達は、俺とは違う平凡な人達なんだろう、だがなにも言い訳をする気も起きない。面倒だ、受け答えなど。
健一は花見のスペースから外れて、広場には通らず、来た道を引き返して、家へと歩き出した。歩いている間、健一の不快な感じは晴れなかった。ああ、俺は怒りたい、だが、何に。よくわからない。いらいらしているのを整理するなんて、ただ溜め込むだけだ。俺は追い出された独り者だ。もしも、これで俺が明日、誰とも会わないとしたら、俺はもしかして間違った方向へ狂ってしまうのかもしれない、そんな気がする。社会は忙しないだけでもないし、辛いだけでもない、俺みたいな孤独なものにそっと役目を与えてくれて、和ませてくれる。何も求めはしない、俺は芸術家のように孤独をずっと自分だけの幸福として受け止めることなど堪え難い。自由は俺にとっては拷問でしかない。それに芸術家だって、はたして俺と同じ境遇だったら、自由への価値観も変わるだろう。それだけ、環境が異なれば考え方が違う。確かにはっきりしているのは、幾ら辛い目にあっても、それを負うのは自分だけで、他の人は知らないということ、そして、家族の死というものは、まるで刑罰のように重くのしかかるということだけだ。ああ、俺は自分の苦しみがわかる人と触れ合ってみたい。できればその人を愛することができればいい、きっと俺の苦しみを分け合ってくれるのだろう、そうすれば新しく俺には家族ができるかもしれない、生きている限り不快なことは起こる。だけど、俺は誓っている、そのような環境で息をすることから俺は避けない、その事実的な苦しみは俺に課されたというよりも体験したものにとって共通する居心地の悪さだ。拒みはしない、桜が受け入れるように、それがこの星と繋がっていくことなのだから。しかし、また人を愛せたらどんなにいいだろうか・・
それから、健一はその先を考えることは止めて、小腹が空いたので、たまたま歩いている先にラーメン屋があり、そこで昼ごはんを取ることにした。