時計台の光がこの夜空に覆われる街を照らしている。そんな中、羽を休めていた蝙蝠が時計台を離れた。すぐ時計台の下では、若者が騒ぎ、様々な年齢のカップルが休みながらこのひとときを楽しんでいる。何れにしても恵まれているものだ。なんとなく蝙蝠はそう思った。それぞれの人の実際の事情などは知らない。だけど、ひとまとめに気楽なものだと断定して片付けてしまうことで蝙蝠は自分の飛行を楽しんでいた。
徐々に時計台からの光が届かなくなると郊外へ樹木が連なり、ところどころに住宅が散らばってくる。一つ一つの住宅を見渡せば、窓のカーテン越しから人影が見えたり、音楽が聞こえてくくる。一人なら一人でその夜を楽しんでいる。家に守られている人は誰でも楽しんでいるのだと勝手に蝙蝠は思った。
更に飛んでいるとその先の森に入り、鳥、リス、イタチ、ハリネズミなど眠っている姿が蝙蝠の目には見えた。ただ、蝙蝠がじっと動物たちを見ていると、狩りをしていた梟が蝙蝠を見つけて、「おら、見せ者じゃねえよ」と向かって襲いかかってきたので、こいつはいかんと蝙蝠は巧みにかわして、森にはもう近寄らないことにした。
森の先にはお墓があった。蝙蝠がその墓地を見ていると人の姿を見かけた。正確に言うと、それは人ではなくゾンビだった。死人は誰もいないであろう時間には窮屈な棺から抜け出して、息抜きするものだ。ゾンビは落ちてある煙草に火をつけて墓石に腰掛け、一息つくことをささやかな楽しみにしていた。ただ彼らまた彼女たちは人に見つかってしまっては何か困るので、警戒しながら地上の時間を過ごしていた。蝙蝠は決まった時間にゾンビ達が地上に出て休んでいることを知っていた。だから彼らを見かければ、「おっ、今日もいるな」と確認をするのを習慣にしていた。パトロールと言うほど、蝙蝠が辺りを巡回しているわけではないのだけれど、自分と同じように動いている者を見ることは蝙蝠にとって喜びだった。一方、ゾンビ達も上空を見上げると蝙蝠が飛んでくることを知っていた。彼らははじめこの蝙蝠をよくは感じなかった。人に自分達のことを告げ口されるかもと怖れたからだ。ところが何日経っても一向に人は現れなかったので、ゾンビ達はすっかり警戒を解いていた。煙草を吸うと、転がるマッチでゾンビは自分達の肌が燃えるのを見るのが好きだった。それは奇妙なことだった。生きていた人間の頃は、身体が燃えることには必ず痛みを伴い、誰しも嫌がっていたのに、今は自分の体に火がつき、全く痛みがないと腕にオレンジ色の羽が着いたようなそんな気がしてふいに楽しく感じるのであった。もっともすべてのゾンビがその嗜みをしていたわけではなかった。ゾンビのなかには自分がここにいる意味がわからず唸っている者や全く自分の意識がわからず唸っている者もいた。まけじと自分が消滅するにはどうしたらよいか考えているゾンビもいた。しかし、人間とは違うのか、ゾンビ達の間には会話がなかった。もう煩わしいのは生きている間で沢山だったのか、それとも生き物との触れ合いに言葉は必要ないと悟ったのか、ゾンビ達はそれぞれ思い思いに墓地のなかで過ごすのであった。
蝙蝠は、人間というものがどういう生き物か自分なりに知っていて、きっとゾンビのことを知ったら彼らを研究対象やなにかの商売を始めたりするに違いないと思い、そっとしていた。煙草を吸っているゾンビは人間の頃にも煙草を吸っていたのだろうか、そんなことが気にはなった蝙蝠だが直接彼らに降りて尋ねることはしなかった。
さらに蝙蝠はどんどんと先へ飛行して、自分のねぐらについた。家族がお帰りと迎えてくれた。それは時計台から遥かに離れたところにある農場の小屋だった。「パパ、どうだった」と子供が尋ねると、「うん、まあ変わりなかったよ。皆生きていたよ」と答えるのがこの蝙蝠の毎日だった。
徐々に時計台からの光が届かなくなると郊外へ樹木が連なり、ところどころに住宅が散らばってくる。一つ一つの住宅を見渡せば、窓のカーテン越しから人影が見えたり、音楽が聞こえてくくる。一人なら一人でその夜を楽しんでいる。家に守られている人は誰でも楽しんでいるのだと勝手に蝙蝠は思った。
更に飛んでいるとその先の森に入り、鳥、リス、イタチ、ハリネズミなど眠っている姿が蝙蝠の目には見えた。ただ、蝙蝠がじっと動物たちを見ていると、狩りをしていた梟が蝙蝠を見つけて、「おら、見せ者じゃねえよ」と向かって襲いかかってきたので、こいつはいかんと蝙蝠は巧みにかわして、森にはもう近寄らないことにした。
森の先にはお墓があった。蝙蝠がその墓地を見ていると人の姿を見かけた。正確に言うと、それは人ではなくゾンビだった。死人は誰もいないであろう時間には窮屈な棺から抜け出して、息抜きするものだ。ゾンビは落ちてある煙草に火をつけて墓石に腰掛け、一息つくことをささやかな楽しみにしていた。ただ彼らまた彼女たちは人に見つかってしまっては何か困るので、警戒しながら地上の時間を過ごしていた。蝙蝠は決まった時間にゾンビ達が地上に出て休んでいることを知っていた。だから彼らを見かければ、「おっ、今日もいるな」と確認をするのを習慣にしていた。パトロールと言うほど、蝙蝠が辺りを巡回しているわけではないのだけれど、自分と同じように動いている者を見ることは蝙蝠にとって喜びだった。一方、ゾンビ達も上空を見上げると蝙蝠が飛んでくることを知っていた。彼らははじめこの蝙蝠をよくは感じなかった。人に自分達のことを告げ口されるかもと怖れたからだ。ところが何日経っても一向に人は現れなかったので、ゾンビ達はすっかり警戒を解いていた。煙草を吸うと、転がるマッチでゾンビは自分達の肌が燃えるのを見るのが好きだった。それは奇妙なことだった。生きていた人間の頃は、身体が燃えることには必ず痛みを伴い、誰しも嫌がっていたのに、今は自分の体に火がつき、全く痛みがないと腕にオレンジ色の羽が着いたようなそんな気がしてふいに楽しく感じるのであった。もっともすべてのゾンビがその嗜みをしていたわけではなかった。ゾンビのなかには自分がここにいる意味がわからず唸っている者や全く自分の意識がわからず唸っている者もいた。まけじと自分が消滅するにはどうしたらよいか考えているゾンビもいた。しかし、人間とは違うのか、ゾンビ達の間には会話がなかった。もう煩わしいのは生きている間で沢山だったのか、それとも生き物との触れ合いに言葉は必要ないと悟ったのか、ゾンビ達はそれぞれ思い思いに墓地のなかで過ごすのであった。
蝙蝠は、人間というものがどういう生き物か自分なりに知っていて、きっとゾンビのことを知ったら彼らを研究対象やなにかの商売を始めたりするに違いないと思い、そっとしていた。煙草を吸っているゾンビは人間の頃にも煙草を吸っていたのだろうか、そんなことが気にはなった蝙蝠だが直接彼らに降りて尋ねることはしなかった。
さらに蝙蝠はどんどんと先へ飛行して、自分のねぐらについた。家族がお帰りと迎えてくれた。それは時計台から遥かに離れたところにある農場の小屋だった。「パパ、どうだった」と子供が尋ねると、「うん、まあ変わりなかったよ。皆生きていたよ」と答えるのがこの蝙蝠の毎日だった。