詩 一覧
一 「波音」
二 「雨が降り続く」
三 「柿の思い」
四 「銀色の鏡台に」
五 「脈絡」
六 「生きる習性」
七 「意地」
八 「認識」
九 「月追い」
十 「憔悴」
詩「波音」
のどかな公園に鳥が憩い
男は地面に木の枝で
八の字を書いては
何度もなぞっている
まだ陽は高いが
抑えようのない
波音が
男を一気に押し流し
抗おうにも逃れようにも
溺れたままで
太陽ですら治療薬にはならない
こんな日がいつまで続くのか
気づいたときから定まっていたのか
とへとへとになった男だが
休日は長く
果てしなく夜まで遠いと思った
ああ 誰しも
自分の宿命に歩んでいやがる
取り替えられないのは恨みではない
憧れでもない
たとえ必要とされなくても
誤魔化せずに晒される
男の素顔である
詩「雨が降り続く」
雨が降り続く
予期もしないことのように降り続く
百年の馴らされた土のかぐわしいのは
雨を証明している
雨宿りをして待っている人
雨に撃たれた人
見ている雨への感情は
理解の現れか
君自身が見ているのか
君は確認しただろう
雨に逃れてきた人と
君は推測するだろう
雨のなかに消えてしまった人を
君は声を忘れて気づくだろう
体がこわばっているのを
君は思うだろう
なぜ雨が降るのかその理由を
そうして君は落胆するのだ
百年以上も雨は止むことがなかったことを
ああ君は家に帰ってタオルで体を拭いて
湯船に浸かるがいいさ
そして、こわばった背筋を伸長させて
早く眠ってしまうがいいさ!
どのみち君はうなされるのだ
詩「柿の思い」
せめぎあう住処で
寄る辺なく流れゆく小川
この川に柿が落ち
かつてのところから離れていく
柿は私であり
落ち着こうにも
呼ばれた幻聴に立ち寄れず
広がる只中に
一人で行かねばと
あの空っぽが欠伸をして
迷いを振り切れることなく
ああ これが私の罅割れだろうか
果肉を流れに渡して
私は最後まで行けるのだろうかと
心配に思っている
できるのなら支え育んでくれた私の樹よ
私の道中を念じておくれ
変哲のない太陽が
私にとって油断のならないことだと
生き物のために唱えてくれたまえ
詩「銀色の鏡台に」
極北の雪に覆われた大地で
太陽がゆらゆらと
白い威勢を放ち
曲線に沿って跳ね回る
凍てつかせるところへ
太陽とは生きるに必要な眩暈を
生き残れるかは誰次第でもなく
脅威からの逃走
頭に悩まされるほど美しいのなら
僅かな悲しみのようなもの
誰が気丈だとて
己との重ね合わせに一瞬
怖れこそが幾つもの通路への発見だと
なぜ書き残せるのだろうか
己の証言 そんなものは
誰に言うというのだろうか
その場所に立ち気づくことがある
だがどうしてその場所から
無事に生還できたと言えるのだろうか
置かれるところは見るほどわからなくなる
詩「脈絡」
月日が経つということは
変わっていくという事
眠って起きるということは
変わらないという事
貴方が大人でも
貴方は子供の頃を覚えているから
目眩は
たくさんの顔によって
変わらない貴方が
いつか死んでいくということは
これから誰かが貴方を知るという事
もしくは誰にも気づかれないという事
絡まりながら
生き物は世界に死をくれる
詩「生きる習性」
北極熊や南極ペンギンに神はいない
あるいはそれらは気づかない
探し続けたそれらの距離は
地球の隠された部分だった
それらは命の盗られた時に
飢える時に
凍える時に
滑り落ちた時に
何を習得し
思いださなかったのだろう
全てのことは思いださなかったのだろう
ヒトは
大事な人に死が迫りつつある時
神に
学問に
残された人達に
語らずにはいられない
類人猿は
伝えたかったはずだ
言葉としては
できなかっただけだ
ヒトも
伝えたかったはずだが
言葉での行き止まりに突きあたり
いつまでも取り乱している
名前の知らぬ生き物が離れ
鮮やかな景観が迎えるように
気分は立ち往生して
時間にヒトに
持っていかれる
酷いなかの美しさ
困難ななかでの苦しさ
憩いの間での歓び
我に返る悲しさ
習得したという恵み
詩「意地」
かねてから日陰は自分にあった
人間の渦は感応し
自然界からの呼び声は常に
自分を掬い取った
今、一つの死が再生の時を待ち
今、一個の生が死を待ちわび
今、一つの家族が明日を歌い合い
今、一人の若者は苦境に立たされ
今、一人の大人は迫りくるものに疲れ
息苦しさに悩み、さりとて去るは怖く
全てを忘れ、寝床に着く
これから日は高くなるというのに
見えないだろうか
一時に生まれる地球にまつわる根源的な傷が
深まり死を結び、記憶を生み出し
この傷から分離した外側の夢の大樹が
数gは未だに変わらない
その爆発性からあなたの声になり
散々叫んだ挙句に冷えて
でも未だに日は高い
繰り返し可能性は転がり
喜べば包まれ、悲しめば捕まり
あなたもまた記憶を生み出し
ありふれた数gである
詩「認識」
地球よ、地球
おまえはこの道を行けば
どれ一つ同じでない景色に巡り合うだろうと言った
ああ 鳥が憧れる太陽や星のように
おまえはどうして遠くから眺めず
私たちを結びつけるのだろう
おまえとの旅に
私たちは決して飽きはしない
代わりに私たちは
どこまでも苦しみと生きて
強迫に晒されながら
同士とのかけがえない便りに
削らされていくのか
詩 .「月追い」
チーターが走るのは
月を追うためでなく
逃げるアンテロープを追うための
脚力であった
チーターのいなくなった草原で
アンテロープが走っていたのは
月を追うためではなかった
風景や一切は
食わぬ輩に与せず
風景と渾然の一切に
食えるものが渦となり
終には大雨が降っただろう
束の間の息次に
頭上から狙いを定めた猛禽に
何度も切ない感情を繰り返した
先祖の記憶は思い出せず
死にもの狂いの活力が
次の創造や生きる糧となり
代償に闘争を負った
都市生活は虚ろな目と化し
生活は一切になる
跳ね返るは精神への負荷であり
憩いは本来の場所へ返し
備えるなら繰り返すだろう
簡単とは言い切れぬ歯がゆさを
噛み殺しているのは己だけだろうか
そして苦痛は秘密をまとい
いつかの記憶を思い返す
駄々をこねたくもなるだろう
顔が引きつる間に
遠吠えが掠めて
どうあれ命に
諦めがつき
落着けぬ間に
駆け出してゆく
詩「憔悴」
夜の砂漠のキャンプ地で
壮年の男がお別れした
焚火を囲んでは
流しのファドが余韻に甘やかす
風の弱い夜だった
彼はこの場を離れる少し前に
じわりと体がぬるんだ気がした
明くる朝
一行は男を砂漠に捨てた
日の照り付ける朝だった
夜の砂漠の穏やかさにしても
彼を繋ぎ止めることはできなかった
男の思いにそぐわないで
男の体は彼自身を殺しつつあった
これが彼の運命だというのか
そもそも彼がここに来たのは
体がわるくなる一方を知ってからだった
楽隊に混じり彼の旅は
見知らぬものに魅了されていた
こうなるまで彼は
自ら先陣を切り救済の事業に精を出した
彼の仲間たちとの協力で
通貨の少ない人達が
より多く選択できる機会を得られた
その功績を成した彼が
呆気なくも狂わされようとしている
青い砂漠で
彼の望みはもう一日生きることにやっと成った
つまりは彼の切り出した世界だった
校舎の木陰で嘗ての女が休んでいる姿が思い浮かんだ
橋の上で切り出した言葉と
妻の気に入らない仕草が思い浮かんだ
これらは彼が旅を続ける間に思い浮かんだことだった
ある日
彼は自ら作った印を見つけた
幻の人達だった
人々はお返しに陶器から雲を取り出した
これが私達の生命力でしたと
男は彼らや彼女らの顔を見た
一度も会ったことのない人だった
彼は嘗て与えたものが
貸し借りだったということに気づかなかった
この人達を見たのは
彼がもう一日生きたいと思い始めてからであり
彼は自分の願望と発明していた自分自身で
擦り合わなくなっていた
彼は雲を見た代わりに
人々の陶器にポルトガルのお菓子を入れた
人々はとても驚き歓び
そして姿を消した
彼が見知らぬ人に手を貸したのは
それを望んでいたからであり
彼は置かれている事態に納得した
もう嘗ての人には声を聞かせられないかもしれない
そう思って自分の陶器を取り出して
もしもの時に言葉を詰めた
彼は道半ばで力尽きたが
この穏やかでない末路を迎えた男が
砂漠に捨てられるというのは
思ってもみない
体の死に場所だった